興福寺国宝展
22日に東京藝術大学美術館で「興福寺国宝展」を見てきました。興福寺は藤原氏の氏寺として奈良時代から発展し,平安末期には「南都北嶺」(南の興福寺,北の比叡山)と呼ばれ,時の政府を脅かすほどの勢力を誇っていました。しかし治承4(1180)年12月28日に,平重衡(たいらのしげひら)が源氏方についた興福寺と東大寺に火を放ち,寺は全焼してしまいました。
復興事業はその翌年から始まりましたが,興福寺は藤原氏の氏寺だったので,東大寺のように源氏から援助を受けることができず,その作業は遅々として進まなかったようです。挙句の果てには山田寺から薬師如来像を略奪するという前代未聞の暴挙まで起きる始末。そうした中で,それまで貴族達に好まれていた京都の仏師(院派,円派)に代わり,奈良の仏師達(慶派)が台頭し,男性的な力感に溢れた写実的な仏像を創り出していきます。今回はこの鎌倉期の復興造営に焦点を当てた展覧会でしたが,やはりいちばん見応えがあったのは鎌倉期の仏像でした。興福寺には鎌倉期の国宝仏像24体のうち,半数に近い11体が安置されており,まさしく「鎌倉期仏像の宝庫」なのです。今回の展示では,ふだんは四天王に踏みつけられている邪鬼が頭上に燈籠を載せて立っているという珍しい「龍燈鬼立像」や,リアルに全身の筋肉を表現した「金剛力士像 阿形」などが,鎌倉彫刻ならではの写実的で力強い造詣美を堪能させてくれます。また「日本彫刻史に残る最高傑作」と言われる「世親菩薩立像」「無著菩薩立像」は,興福寺に行ってもいつでも見られるわけではないので,この機会に見ておくとよいでしょう。個人的には,興福寺といえば「阿修羅像」なのですが,これは奈良時代の作品のせいか,今回は出品されていなかったのが少々残念。しかし,鎌倉期の仏像に対して理解が深められたのは大きな収穫でした。余談ですが,仏像の国宝指定は鎌倉期が最後だそうです(それ以降は信仰の対象が,仏像から各宗派の祖師に代わったことが大きな要因とのこと)。
興福寺と薬師寺は法相宗の大本山です。法相宗は,西遊記でおなじみの三蔵法師玄奘を開祖とし,日本には唐に留学した道昭によって伝えられました。経典は「解深密教」(けげんみっきょう)「成唯識論」(じょうゆいしきろん)等で,仏教の基礎学である「唯識」の教え,すなわち「あらゆるこの世の存在やできごとは,自分自身の心の働きによって仮に現わされているに過ぎない。だからこの世は自分の心を離れては存在せず,心はこの世のすべての本体として唯一の実在するもの」という考えが教義だそうです。
それにしても平日の昼間にもかかわらず,ものすごい人出だったのに驚きました。特に中高年層が多かったのですが,日本の中高年は本当に向学心に溢れていますね。高齢化が進む日本において,中高年層の行動および消費動向は注目の的ですが,文化的な関心が高いのは非常にいい傾向だと思います。江戸時代には「経済は若者が担い,文化は隠居が担う」と言われていたそうですが,心身ともに元気な高齢者が増加する21世紀の日本も,江戸時代と同じような状況になるのかもしれません。


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