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2006.11.28

BILLY JOEL IN CONCERT 2006

怒れる若者/Angry Young Man 
 *album『ニューヨーク物語/Turnstiles』('76)
マイ・ライフ/My Life
 *album『ニューヨーク52番街/52nd Street』('78)
マイアミ2017/Miami 2017
 *album『ニューヨーク物語/Turnstiles』('76)
オネスティ/Honesty
 *album『ニューヨーク52番街/52nd Street』('78)
エンターテイナー/The Entertainer
 *album『ストリートライフ・セレナーデ/Streetlife Serenade』('74)
ザンジバル/Zanzibar
 *album『ニューヨーク52番街/52nd Street』('78)
ニューヨークの想い/New York State Of Mind
 *album『ニューヨーク物語/Turnstiles』('76)
アレンタウン/Allentown
 *album『ナイロン・カーテン/The Nylon Curtain』('82)
ドント・アスク・ミー・ホワイ/Don't Ask Me Why
 *album『グラス・ハウス/Glass Houses』('80)
ストレンジャー/The Stranger
 *album『ストレンジャー/The Stranger』('77)
素顔のままで/Just The Way You Are
 *album『ストレンジャー/The Stranger』('77)
ムーヴィン・アウト/Movin' Out
 *album『ストレンジャー/The Stranger』('77)
イノセント・マン/An Innocent Man
 *album『イノセント・マン/An Innocent Man』('83)
キーピン・ザ・フェイス/Keeping The Faith
 *album『イノセント・マン/An Innocent Man』('83)
シーズ・オールウェイズ・ア・ウーマン/She's Always A Woman
 *album『ストレンジャー/The Stranger』('77)
愛はイクストリーム/I Got To Extremes
 *album『ストーム・フロント/Storm Front』('89)
ザ・リヴァー・オブ・ドリームス/The River Of Dreams
 *album『リヴァー・オブ・ドリームス/River of Dreams』('93)
地獄のハイウェイ/Highway To Hell
 *album『地獄のハイウェイ/Highway To Hell』('79) AC/DC
ハートにファイア/We Didn't Start The Fire
 *album『ストーム・フロント/Storm Front』('89)
ビッグ・ショット/Big Shot
 *album『ニューヨーク52番街/52nd Street』('78)
ロックンロールが最高さ/It's Still Rock & Roll To Me
 *album『グラス・ハウス/Glass Houses』('80)
ガラスのニューヨーク/You May Be Right
 *album『グラス・ハウス/Glass Houses』('80)
- - - - - encore 1 - - - - -
イタリアン・レストランで/Scenes From An Italian Restaurant
 *album『ストレンジャー/The Stranger』('77)
- - - - - encore 2 - - - - -
ピアノ・マン/Piano Man
 *album『ピアノ・マン/Piano Man』('73)

東京ドームにて。

 今日は友達に誘われて,ビリー・ジョエルのライヴを聴きに行った。ビリー・ジョエルの来日公演は,1998年のエルトン・ジョンとのジョイント・コンサート(このときも別の友人に誘われて聴きに行った)から8年ぶり,単独公演は11年ぶりだという。来日公演のみならず,1999年大晦日のミレニアム・コンサート以来,(エルトン・ジョンとのジョイント・ライヴ以外は)ずっとコンサートを行っていなかったし,新曲も発表していなかったので,一部では「フェードアウト的に引退か?」なんて囁かれたりもしていた。ところが今年1月にマジソン・スクエア・ガーデンでの12回にわたるコンサートを含む,大規模な全米ツアーをスタートさせたのだ。その後,ヨーロツパ,南アフリカ,オーストラリアを経て,ついに日本上陸である!

 9月のマドンナのコンサートに比べると,男性客の比率がかなり高い。ビリーは現在57歳。頭もすっかり薄くなっちゃったし,かなり太ってしまって,まるでタコ入道みたいだったけれど,声は昔のままだ。『怒れる若者』に始まり,『マイ・ライフ』『オネスティー』『ストレンジャー』『素顔のままで』…と,もうカンペキに懐メロ状態である。ほとんどが70~80年代の作品だけど,ちっとも古びていなくって,あらためてビリーは稀代のメロディーメーカーだなと思った。それに声のパワーもいささかも衰えていない。夏に観た『ムーヴィン・アウト』というビリー・ジョエルの楽曲を使用したミュージカルに出演していたミュージシャン達も巧かったが,やっぱり御本家の迫力には遠く及ばない。ビリーの声には,なんだか不思議なパワーと存在感が充満している。単に音量が大きいというのではなくて,聴き手のスピリットを揺さぶるような摩訶不思議な力があるのだ。

 ステージ上には,ビリーのほかにバックミュージシャンが7人いるのみ。ライティングはかなり凝っていたけれど,派手な衣裳や装置を使用するわけじゃない。ステージ両端に設置された大きなスクリーンは,ひたすらステージ上のビリー達の姿を映し出していくだけ。ショーとしてはとてもシンプルだけど,少しも飽きさせないのは何故だろう?やっぱりビリーの声と音楽が持つ強烈なパワーのせいだろうか?それに決して巧いわけじゃないけれど(この日もミスタッチが目立って,ハラハラしたけれど)味のあるピアノの音色。アレンジも絶妙だ。パワフルなロック一辺倒ではなくて,リリカルなピアノ・ソロや,ジャズィーなサックスなど,1つの曲の中にもいろんな要素が詰まっている。

 2時間強に及ぶライヴはすごく楽しくて,あっという間に終わってしまったけれど,ビリーの音楽からパワーをたっぷりもらうことができた。懐かしくて,しかもエネルギーをしっかり補給できるビリーのライヴ。彼のツアーは今回で最後という話もあるようだ。東京公演は30日にもある(当日券あり)ので,どうしようかなぁ…と悩んでいる人は,ぜひぜひ聴きに行ってね!お薦めです!

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2006.11.22

ニコラウス・アーノンクール指揮 ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス バッハ・プログラム

バッハ:管弦楽組曲第1番
バッハ:ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲
     (独奏:エーリッヒ・ヘーバルト(Vn),ハンス=ペーター・ヴェスターマン(Ob))
バッハ:カンタータ組曲
    第1楽章 カンタータ「心も魂も乱れはて」BWV.35からコンチェルト
    第2楽章 カンタータ「わが心に憂い多かりき」BWV.21からシンフォニア
    第3楽章 カンタータ「心も魂も乱れはて」BWV.35からシンフォニア

バッハ:管弦楽組曲第3番

【アンコール】バッハ:管弦楽組曲 第4番より ガヴォット

東京文化会館 大ホールにて。

 昨日に引き続き,アーノンクール&ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスを聴く。これが東京での最終公演だ。演奏は良かったけれど,正直言って昨日ほどの感動は得られなかった。ピリオド奏法によるバッハは録音も含めてかなり聴いているので,新鮮味がなかったこともあるし,作品のスケールを比較しても,今日のプログラムは『メサイア』に及ばないということが一因だと思う。やっぱり昨日聴いておいてよかったとつくづく思った。せっかくバッハをやるなら(きっと編成の問題があったのだと思うけれど),『マタイ受難曲』などの大曲を聴かせてもらいたかった。

 編成は1st Vn. 6/ 2nd Vn 6 / Vla. 4 / Vc. 3 / Cb. 2 / Ob.2 / Fg. 1 / Trp. 3 / Timp. 1 / Cemb. 1。指揮者の真正面にチェンバロが陣取り,下手側にヴァイオリンとヴィオラ。上手側の前に木管の3人が並び,その後ろにチェロ。さらに後ろにトランペット,ティンパニー,コントラバスという珍しい配置だった(協奏曲ではコンマスのヘーバルトがソリストになったので,第2プルトの内側にいたアンドレア・ビショッフがコンマスとなり,第1ヴァイオリンは5人に)。プログラムによると,ピッチはバッハもヘンデルも421Hz(ちなみにモーツァルトは430Hz)。

 終演後,聴衆の1人から花束をもらうと,その中から1本を引き抜き,(第1ヴァイオリンのトップサイドにいた)アリス夫人に手渡すアーノンクールの姿がステキだった♪

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2006.11.21

ニコラウス・アーノンクール指揮 ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス 『メサイア』

ヘンデル:オラトリオ『メサイア』

ソプラノ:ユリア・クライター
アルト:ベルナルダ・フィンク
テノール:ヴェルナー・ギューラ
バリトン:ルーベン・ドローレ

指揮:ニコラウス・アーノンクール
合唱:アーノルト・シェーンベルク合唱団

サントリーホール 大ホールにて。

 26年ぶりの来日となったニコラウス・アーノンクール。東京ではウィーン・フィルとの演奏会が4回,手兵ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス(以下CMW)との演奏会が3回あったが,いずれも発売開始と同時に即完売。今年のウィーン・フィルは例年以上に争奪戦が激しかったようだ。私は結局,ウィーン・フィルの演奏会には行けなかったが,CMWの演奏会は2回行くことに。個人的にはCMWの方が興味があったので,とりあえず満足している。

 今日は,今回の来日公演の中でも一番の目玉と言えるヘンデルのオラトリオ『メサイア』(「ハレルヤ・コーラス」で有名な作品だ)。会場には見たことのある顔がいっぱい。やっぱり注目度の高い演奏会なんだなと改めて実感した。編成は1st Vn. 6/ 2nd Vn 6 / Vla. 4 / Vc. 3 / Cb. 2 / Ob.2 / Fg. 2 / Trp. 2 / Timp 1 / Cemb. &Org. 1。ソリスト4人に,合唱は(女性14人+男性10人)×2列。

 今まで古楽器団体の実演は何度となく聴いているけれど,前時代的な(重厚長大を範とするような)ロマンティシズムを剥奪した,シャープかつヴァイタルな演奏が多かった。短く刈り込んだフレージング,快活なテンポ,鋭角的なアクセント,くっきりとした明暗のコントラスト--そうしたものを駆使しながら,聴き手が音楽に安心して身を委ねることを許さないような,知的な刺激と興奮に満ちた熱い演奏を繰り広げ,手垢にまみれた諸作品を実にヴィヴィッドに蘇生させてきたのだ。

 しかし,この日の『メサイア』は全く違っていた。初めて実演に接するCMWは,CDで聴くよりもずっとナチュラル。温かくて純朴な響き。耳を逆撫でない,自然な音楽の流れ。宗教音楽はイベント(式典)を盛り上げるための“装置”としての役割を要求される場合が多いけれど,彼らの演奏には宗教的な荘厳さや法悦感よりも,より根源的な“祈り”が感じられて,柔らかで敬虔な感触があった。それでいて人間界を超越したような神秘的な雰囲気が感じられたのである。まさに妙なる調和。なんて心地良いんだろう!アーノンクールは録音だともっとアクが強いのに,この違いはいったい何?録音時から彼が音楽的に変化しているのか?それとも録音と実演は別物なのか?

 終演は10時過ぎだったが,それまでの間,素晴らしい音楽にどっぷりと浸ることができて,本当に幸せだった。終演後,今回のアーノンクールの東京公演を全部聴いている男性が「今日が一番良かった」と言っていたから,今日,聴けたのは大当たりだったようだ。

 ちなみにこの日のチケットは,S:25,000/A:21,000/B:16,000/C:11,000/D:5,000だったが,これなら決して高くない。アーノンクールは高齢(もうすぐ77歳)なので,再来日の可能性は低いと思うが,ぜひまた日本で素晴らしい演奏を聴かせてもらいたい。それと彼にはベートーヴェン以降の音楽は演奏してもらわなくていいから,ヘンデルやモンテヴェルディなどの演奏に精力を傾けてほしい(彼がCMWと1986年に録音した『聖母マリアの夕べの祈り』は私の愛聴盤の1つなのだ)。

 先日のクリスティ&レザール・フロリサンの『レ・パラダン』(まだ書いていない)も本当に素晴らしかったけれど,今日の『メサイア』を聴いて,ますます18世紀以前の音楽の魅力にハマってしまった私。遅まきながら古楽への開眼が,私にとって今年の最大の音楽的収穫である。

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2006.11.20

「オーストリア」の日本表音表記の変更

 知人から教えてもらって初めて知りましたよ。詳細はこちら

 「オーストリア」で良いと思うんだけどなぁ。だいたい「オーストリア」と「オーストラリア」を間違えるのは日本人だけではないはず。だって一昨年,ウィーンの空港でトランジットした際に“In Austria there are no kangaroos.”と書かれたTシャツ(カンガルーがアルプスの麓にいるイラストが付いている。ポケットの中の子カンガルーは,エーデルワイスの花を手に持って,“へっ?”というマヌケ面をしているのだ)を目撃したもん(←このTシャツを私が即買いしたことは言うまでもない)。

 「オーストリー」という表記に変更したいというのは大使館の意向であって,オーストリア政府観光局は従来通り「オーストリア」を使用するとのこと。関係者内でも意見が分かれているこの表音表記,はたして定着するのだろうか?

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2006.11.18

東京バレエ団 「ドナウの娘」

フルール・デ・シャン:吉岡美佳
ルドルフ:後藤晴雄
   
ドナウの女王:田中結子
男爵:中島周
母親:橘静子
伝令官:平野玲
パ・ド・サンク(女性):高村順子,長谷川智佳子,西村真由美,小出領子
パ・ド・サンク(男性): 中島周
フルール・デ・シャンの4人の友達:乾友子,高木綾,奈良春夏,吉川留衣

指揮:アレクサンドル・ソトニコフ
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

振付・改訂:ピエール・ラコット(フィリッポ・タリオーニの作品に基づく)
音楽:アドルフ・アダン
   
 東京は今日,バレエの“当たり日”だった。ゆうぽうとでは草刈民代プロデュースの「ソワレ」(ローラン・プティ振付)の日本初演(2日目)。オーチャードホールではKバレエカンパニーの「三人姉妹」+「2羽の鳩」(ヴィヴィアナ・デュランテ,吉田都,熊川哲也と,英国ロイヤルバレエ団の元プリンシパル3人が揃い踏みである)。新国立劇場では「現在最高のオディール」とも言われるスヴェトラーナ・ザハロワによる「白鳥の湖」。そして東京文化会館では,東京バレエ団の5年ぶりの全幕初演作品「ドナウの娘」(2日目)が上演されるという具合である。

 そんな中で私は「ドナウの娘」を観た。この作品は伝説の舞姫マリ・タリオーニが初演したロマンティック・バレエの傑作だが,この時代の多くの作品と同様,その後,失われてしまった。それを復活させたのが,ロマンティック・バレエの研究家で振付家でもあるピエール・ラコットである。今年はラコットの当たり年(…というか,NBSの差し金だと思うが)で,パリ・オペラ座バレエ団が「パキータ」,ボリショイ・バレエ団が「ファラオの娘」と,ラコットの復元作品を相次いで日本で上演したのである。私は両作品とも観たので,この際,3つとも観てしまおうと思ったのだ。しかも,このラコット版にしても1978年にアルゼンチンのコロン劇場で1度上演されたのみ。今回は28年ぶりの再演であり,もちろん日本初演。相当なレア物なのである。

 「ドナウの娘」の初演は1836年,パリ・オペラ座。登場人物は延べ128人にのぼるそうだが,「パキータ」(1846年初演)や「ファラオの娘」(1862年初演)に比べると,地味な印象は否めない。全体的に変化に乏しいのである。音楽然り,ストーリー然り,振付然り。「男爵の花嫁選び」なんていうのも「今さら…」って感じだし(製作年から言えば,他の作品が追随したわけだけど),色々な点で他の作品とかぶってしまっていて,独自色が感じられないのだ。構成自体も,前半が人間の世界,後半が妖精の世界(ドナウの川底)となっていて,「ジゼル」とよく似ている(「ジゼル」は1841年にパリ・オペラ座初演なので,本当は「ドナウの娘」の方が先なんだけど)。だから「ジゼル」が好きな人は楽しめるかもしれないが,名作とされる「ジゼル」が(美しいとは思うけれど)退屈だと思ってしまう私にはそもそも不向きなのかも(爆)。踊りのヴァリエーションも,プティパと比較すると単調。それにハッピーエンドなのだけど,2人が地上へと帰っていくところで終わってしまうのもなんだか呆気なくて,個人的にはイマイチ。

 美術と衣裳は初演時の資料を参考にして,1年半かけて製作したという。衣裳総数は152点。ロシアの名門工房グリシュコでの製作だそうだが,お世辞にもセンスがいいとは言えない。だいたいドナウの女王の衣裳に珊瑚があしらわれていたのが疑問。ドナウ川って,珊瑚が採れるんかい?(…って言うのは,あまりにも大人気ない揚げ足取りかしらん?)

 平日の夜のうえに,冒頭に述べたような状況で,バレエ・ファンを各所で分け合ったせいか,上の方の階はずいぶん空席が目立っていた。今回の再演に当たっては,歴史的な意義はともかく,レパートリーとして取り入れる価値があるかどうかは甚だ疑問に思えた。私個人としては,今後,再演の機会があっても,よっぽどのこと(…って,例えばギエムが踊るとか)がない限り,観に行かない気がする。

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2006.11.15

映画「トリスタンとイゾルデ」

 「トリスタンとイゾルデ」はケルトで発祥したヨーロッパの悲恋伝説だ。私はワーグナーの楽劇でしか知らないけれど,この映画のストーリーはワーグナーのそれとはかなり違っている。2人が船の中で毒薬だと思ってあおる媚薬も出てこないし,ラストなどは全く別の話と言ってもいい(ワーグナーはこの伝説を元に自分で台本を作っているので,違っていて当然なのだけど)。

 この映画ではマーク王(ワーグナーの楽劇ではマルケ王)が懐の深い魅力的な人物に描かれているおかげで,ドラマが深みを帯びている。マーク王はイゾルデを本当に愛しているし,トリスタンのこともわが子のように慈しみ,絶大な信頼を寄せている。一方のトリスタンにとってはマーク王は命の恩人であり,父親のような存在であり,絶対の忠義を誓っている相手である。それゆえにトリスタンの苦悩は深い。それに対して(ワーグナーの作品では出てこない)イゾルデの父親のアイルランド王ドナカーの冷酷ぶり。自分の娘も権力拡大のための道具としてしか考えていないような男である。彼のみならず,「いかに自分の権力を拡大するか」ということしか念頭にないような諸侯達が様々な陰謀を巡らせるなか,トリスタンとイゾルデの関係が明るみになってしまうのだ。マーク王が圧巻なのはここからで,最愛の2人に裏切られ,しかも2人の不義のために自分の領土が攻め滅ぼされそうになっているにもかかわらず,彼らに信じられないような寛大な処置をしてみせるところにある。この行為を目の当たりにすると,2人の“悲恋”が自己中心的に感じられて,一気に色褪せてみえてしまった。「製作者の眼目はこちらにあったのか?」と勘ぐりたくなるほどである。

 ローマ帝国崩壊後のイギリスの暗黒時代を舞台にしていることもあり,全体的に暗く重たい雰囲気が支配する。残酷な殺戮シーンもあるが,重厚感のある映像は美しくて心に残る。荒涼とした中に神々しさを感じさせるアイルランドの海辺での葬列や,コーンウォール城内や城下の様子からは,当時のアイルランドやイギリスの人々が苛酷な自然と対峙しながら,いかに生活を営んできたかがうかがえる。そして白眉なのは,絢爛たる婚礼衣裳をまとい,夜,かがり火が焚かれるなか,小舟でマーク王の許へ向かってゆくイゾルデの婚礼シーンの幻想的な美しさ。このシーンだけでも観る価値があるというもの。残念ながら(客入りが良くないのか),上映劇場が少ないし,期間も短いようだけど,ヨーロッパの歴史や芸術に関心のある人にとっては一見(以上)の価値のある作品だと思う。

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2006.11.14

モザイク・クァルテット with ヴォルフガング・マイヤー

ハイドン:弦楽四重奏曲第79番 ニ長調 Op.76-5 Hob.III-79 「ラルゴ」
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第11番 へ短調 Op.95 「セリオーソ」
モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K581

【アンコール】モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K581より 第3楽章

モザイク・クァルテット(エーリッヒ・ヘーバルト,アンドレア・ビショッフ,アニタ・ミッテラー,クリストフ・コワン),ヴォルフガング・マイヤー

トッパンホールにて。

 モザイク・クァルテットは,ニコラウス・アーノンクールが主宰するウィーン・コンツェントゥス・ムジクスのメンバーで構成された弦楽四重奏団で,1985年創設。オリジナル楽器を使用した弦楽四重奏団では,世界最高の団体の1つと評価されている。しかしCDだと,あんまりオリジナル楽器っぽく聴こえないので,私はずーっと不思議に思っていたのだが,今回やっと疑問が解消した。実際に楽器を見ると,顎当てもついているし,弓もモダンのものに近い。そして奏法や楽器の構え方もモダンに近かった。オリジナル楽器と言えば,ノン・ヴィブラート奏法が定説化しているが,彼らはヴィブラートもバンバンかけていた。これならモダン楽器的な音がしても不思議ではない。

 様式はともかく,演奏は素晴らしかった。特にヴォルフガング・マイヤーとのクラリネット五重奏曲が。マイヤーはこの作品が身体に染み付いている感じ。時々装飾音を付けたりして,いかにも楽しそうに吹いていた。熟成した大人の味わい。

 この日の演奏会もチケット完売だったが,またしてもチケットを持たずに出かけていって事無きを得た。最近,チケットが完売でも全然動じなくなった自分が怖い…。

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2006.11.05

NHK音楽祭2006 ロジャー・ノリントン指揮 NHK交響楽団

モーツァルト/歌劇「後宮からの誘拐」序曲 K.384
エルガー/チェロ協奏曲 ホ短調 (独奏:石坂団十郎)
モーツァルト/交響曲 第39番 変ホ長調 K.543

指揮:ロジャー・ノリントン
管弦楽:NHK交響楽団

NHKホールにて。

 今年のNHK音楽祭は「体感!モーツァルト」と銘打ち,3つの外来オーケストラとN響がそれぞれモーツアルトの作品を演奏した。N響を振るのは,古楽器界の風雲児(?!),サー・ロジャー・ノリントン(私は親しみを込めて,「ノリピー」とお呼びしたい!)である。ノリントンの指揮ぶりもさることながら,「あのN響がピリオド・アプローチで演奏するのかしらん?」なんて,ちょっと下種な興味もあって聴きに出かけた。

 曲目は11月のBプログラムと前プロが違うだけ(Bプログラムではエルガーの「ロンドンの下町」序曲だった)。対向配置で,コントラバスは木管&ホルンの後ろに一列に並んでいる。金管は上手の奥(通常,コントラバスがいる位置)に陣取っている。

 「後宮からの誘拐」序曲からピリオド・アプローチ全開!いつもとは全然違う軽やかな響きがホールに広がる。そんなに長い期間,練習したわけではないと思うけれど,皆さん,本当に器用にソツなくこなしている!これほどまでサマになるとは,さすがプロである。N響はもともと(重厚さよりも)繊細なオケだし,ピリオド・アプローチは意外と向いているんじゃない?…と,この時点では思ったりもした。

 続くエルガーのチェロ協奏曲。ソリストの石坂団十郎は(2楽章のロングトーンではさすがにヴィブラートを使っていたが)ピリオド・アプローチをカンペキに手の内に入れていた。この曲はジャックリーヌ・デュ・プレの名演盤が有名だけど,デュ・プレの演奏では冒頭から情念のカタマリのような超濃厚な世界が展開されるのに対して,石坂の演奏はそれとは正反対で,諦念の世界という感じ。ものすごく虚無的に聴こえたのだ(そういえばモーツァルトのソナタをノン・ヴィブラートで弾いたムターの演奏も虚ろに聴こえた)。とにかく演奏中ずっと「エルガーのチェロ協奏曲って,こんな曲だったの?」という驚きを味わいながら聴いていた。作品に対する私の既成観念を覆す秀演で,これを聴けただけでも来た甲斐があったというもの。CDがあれば,買って聴き直してみたい。

 休憩を挟んで,ノリントンが「現在におけるモーツァルト演奏」について説明した。概要は「まずモーツァルトが書いたとおりの楽譜(スコア)を使わなくてはならない。そして当時の“音楽言語”をマスターしなければならない(楽器はモダンでもピリオドでも構わない)。次に編成を考えなくてはならない。…というのも,モーツァルトの時代は交響曲でも小さな部屋で演奏され,聴衆が5~6人しかいないこともあったから。しかし,パリではウィーンの倍の大きさの編成で演奏されたことが2回あった。したがって今日の交響曲第39番も,1st Vn. 12/ 2nd Vn 12 / Vla. 8 / Vc. 6 / Cb. 6という編成で演奏する(「後宮からの誘拐」序曲では,両ヴァイオリンが10人だった)。それに伴い,管楽器も倍の12人が必要となる。しかしpのときは人数を減らして演奏する(両ヴァイオリンは8人で弾いていた)。また配置は両ヴァイオリンが向き合う対向配置にする。それは両者が“対話”をするためだ。それから当時の演奏方法を調べなくてはならない。モーツァルトの時代はもちろん,1900年代に至るまでヴィブラートはほとんど使われていなかった。ヴィブラートが常用されるようになったのはそれ以降のことである。またテンポについても考えなくてはならない。モーツァルトの楽譜にはメトロノームの指定は入っておらず,ゆっくりとしたテンポはないと考えられる。なぜなら心の中で踊っているテンポになるからだ。さらにアーティキュレーションや音符の長さも考慮しなくてはならない。モーツァルトは常にいきいきと踊るように演奏されるべきだ。観客の皆さん,踊りたくなったら,ぜひ立ち上がって踊ってください」…というようなことだった(簡単なメモしか取っていないので,ニュアンスはだいぶ違うかもしれない)。

 そして,いよいよ交響曲第39番。事前の説明にあったとおり,2楽章が速めのテンポで快調に進んでいったのが印象的だった。しかし両端楽章(特に終楽章)はまったりと落ち着いてしまったのでは?指揮者が懸命に鼓舞していたのに,オケの反応が鈍かったように思えた(←そこが「らしい」と言えば,「らしい」のだが)。

 ノリントンは楽章間に禿げ上がった頭の汗を拭って観客の笑いを誘うなど,本当にお茶目。こんなに観客を(楽しませようと)意識したパフォーマンスを見せる指揮者は珍しい。とってもサービス精神が旺盛で,ユーモアのある人なんだなぁと思った。

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2006.11.04

モーツァルト劇場 「劇場支配人」

モーツァルト生誕250年記念公演 歌劇「劇場支配人」K.486

座長:醍醐貢介
ブッフ(Br):星野淳
バレリーナ:鶴見末穂子
アイラー(T):吉田伸昭
ヘルツ夫人(S):品田昭子
ジーベルクランク(S):菊地美奈

指揮:大井剛史
管弦楽:東京ニューシティ管弦楽団

訳詞・台本: 高橋英郎
演出:三輪えり花

浜離宮朝日ホールにて。

 今年はモーツァルト生誕250年ということで,ザルツブルク音楽祭ではモーツァルトの舞台作品(未完の作品も含めて)全22作品が上演されたそうだが,日本でも普段はあまり上演されない作品がいろいろと上演されている。その1つが今回のモーツァルト劇場の「劇場支配人」である。この作品は序曲とソプラノのためのアリアが2曲,そして3重唱曲が1曲という4曲のみ。「音楽付きの芝居」という感じの小品だ(今回の上演時間は1時間程度だった)。

 これはモーツァルトが有名な「フィガロの結婚」を作曲している最中(1786年)に,ヨーゼフ2世の依頼で急遽仕上げた作品で,オランダ総督ザクセン大公夫妻の来訪を歓迎する祝宴用に作られた。上演された場所はシェーンブルン宮殿のオランジェリー(大温室)。サリエリのオペラ「まずは音楽,次に言葉」の前座として上演されたそうだ。

 初演時のメンバーがものすごい。なんたってヘルツ夫人役はモーツァルトの初恋の人であるアロイジア・ランゲ夫人(モーツァルトの妻・コンスタンツェのお姉さんでもある)で,ジーベルクランク役はサリエリの愛人のカテリーナ・カヴァリエリ夫人。しかもブッフ役にはアロイジアの夫のヨーゼフ・ランゲという布陣である。そしてアイラー役のアダムベルガーは,当時を代表する名テノールだった(座長役は台本を書いたJ.G.シュテファニー(弟)が演じた)。

 前述したように,歌う場面が少ないので,出演者にはそれなりの演技力が要求される。しかも喜劇なので,観客を笑わせる芝居ができないとダメなのだ。私は昼に濃厚な芝居を観た直後だったので,正直言って辛いものがあったが,貴重な機会を得られたのはよかった。しかし私はまだ約半数のモーツァルトのオペラを観ていない。モーツァルトは20歳になるまでに11作のオペラを書いているのだが,そのうち1作しか観ていないのだ。全作品を制覇したいものだが,道程はまだまだ長い…。

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「シラノ・ド・ベルジュラック」

喬三(シラノ):新堀清純
その母:久保庭尚子
クリスチャン:榊原 毅
ロクサアヌ:鶴水ルイ 
ド・ギッシュ:竹森陽一  
娘芸者/女中:福寿奈央,日和佐美香,大川麻里江,佐山花織,齋藤志野
噂をする男:蔦森皓祐 
噂をする女:内藤千恵子
青年隊:斉木和洋,永井健二,吉見 亮,仲谷智邦

原作:エドモン・ロスタン
翻訳:辰野 隆/鈴木信太郎
構成・演出:鈴木忠志
新国立劇場/静岡県舞台芸術センター(SPAC)共同制作

新国立劇場 中劇場にて。
 
 静岡舞台芸術センター(SPAC)の芸術総監督・鈴木忠志の16年ぶりの東京公演。当然,新国立劇場初登場である。今回は中劇場で『シラノ・ド・ベルジュラック』,小劇場で『イワーノフ』と『オイディプス王』(2本立て)と3作品が同時期に上演された(さらに12月にはモスクワ芸術座による『リア王』が上演される予定)。

 『シラノ・ド・ベルジュラック』では,日本的な衣裳や背景(装置)を使い,音楽にはヴェルディのオペラ『椿姫』が断片的に使用されていた。つまり,戯曲はフランス,視覚的には日本,聴覚的にはイタリアという和洋折衷の舞台を出現させていたのだ。その意図について演出ノートには「思えば日本人は明治維新以来,西洋文化に憧れすぎたために自らの居場所を失い,むなしいミスマッチというべき文化活動を続けてきた。そのミスマッチを,もうそろそろ偉大でかけがいのないミスマッチにして,世界共通の財産にしなければならないというのが,舞台芸術家としての私の仕事でもあると思っている」とあった。うーん,なるほど。でも,私にはそんな深いところまで読み解けなかったよ…。

 彼は独自の俳優訓練法である『スズキ・メソッド』を考案したことでも知られているが,これは舞台俳優の演技の基本である呼吸と下半身の集中力を養うことから始まる訓練法で,ジュリアード音楽院やコロンビア大学をはじめとする世界の劇団や大学で学ばれている。これによって日常生活で退化した身体が湧き上がるエネルギーを得て,身体感覚を活性化することができるそうだ。今回の上演でも役者達の怒鳴るような台詞回しが特徴的だった。リアルな喜怒哀楽の表現を目指すのではなくて,体内からエネルギーを噴き出させるような発声。これが彼の演出作品に共通する強烈な個性の1つとなっていた。

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2006.11.01

ルノー・カプソン&ゴーティエ・カプソン

シュルホフ:ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲
ラヴェル:ヴァイオリンとチェロのためのソナタ
ギデオン・クライン:ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲
コダーイ:ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲 Op.7

【アンコール】
ヘンデル(ハルヴォルセン編) : パッサカリア
バルトーク : ハンガリー民謡集より コラール アンダンテ
J.S.バッハ(F.ノイマン編) : 2声のインヴェンションより 第2番 ヘ長調 BWV779
J.S.バッハ(F.ノイマン編) : フランス組曲第2番 ハ短調 BWV813より アリア

ヴァイオリン:ルノー・カプソン
チェロ:ゴーティエ・カプソン

トッパンホールにて。

 兄のルノーがヴァイオリン,弟のゴーティエがチェロという兄弟のデュオ。この2人の実演に初めて接したのは『グルダを楽しく想い出す会』。ルノーの方は今年6月のNHK交響楽団の定期演奏会でメンデルスゾーンの協奏曲を弾くのも聴いたが,この兄弟は間違いなくこれからのフランスの弦楽器界を担っていく逸材である。

 トッパンホールは座席数が少ないので,人気のある公演は即完売になってしまうのだが,この演奏会のチケットは直前まで販売していたので,それほど認知されていないのかと思いきや,前日までには完売となった模様。この日は楽器を持っている人(おそらく音大生)が多く見受けられた。

 ヴァイオリンとチェロのデュオというのは珍しくて,あまり作品がない(プログラムについては,ルノーがここで述べている)。シュルホフやギデオン・クラインなんて初めて聴いたが,両者ともユダヤ人で,強制収容所で若くして亡くなっている作曲家なのだ。今回の4作品はいずれも2つの世界大戦の合間に作曲されたもので,そうした世相がどこか反映されているような気がした。2人の演奏も,互いに激しくせめぎ合っていくような緊迫感があって,聴衆にある種の緊張を強いるような迫力があった。それでいてアンコールのバッハなどは,いかにも楽しげに軽々と弾いてのけるから,ホントに凄い。聴き応え充分の演奏会でした。ごっつぁんです。

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